梅の名所 小村井香梅園
小村井香梅園の梅
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江戸時代に小村井梅園が作られ、安藤広重の浮世絵にも画かれる程の梅の名所で当時は「梅屋敷」とも呼ばれ、香取神社の東側に3300坪の広さをもち、毎年将軍家の御成りがあり、「御成り梅」と言われた・・・梅の木もあったそうですが、明治43年の大洪水により廃園となってしまい。平成6年、江戸の名所「小村井梅園」ゆかりの地に「香梅園」が開園、以来毎年2月中旬には「梅祭り」が開催されるようになった。小さな梅園ですが梅の種類が多く見ごたえありました。
 
梅の花は85種類、120本の梅の木が所狭しと植えられています。
特に枝垂れ梅が多く呉服枝垂れ・緑萼枝垂れ・夫婦枝垂れ・千代鶴枝垂れ・唐梅枝垂れ・緑萼枝垂れ・緋の司・千歳菊・思いのまま・米良・麝香梅・御簾の内・内裏・牡丹宇治の里・緑萼大輪司絞り・開運・緑萼・見驚・鈴鹿の関 など他 珍しい品種が多く 楽しむ事が出来ました。
また、梅の名所「亀戸天神」も近くスカイツリー散策も便利です。
 


☆小村井香取神社の由緒 経津主大神は天孫降臨に先だち、天照大神の勅を奉じ武甕槌神(鹿島の神)と共に出雲に降り、大国主命と御公称の結果、国土を皇孫に捧げ奉らしめ、次いで国内を平定して日本の建国の基礎を築かれた武勇に優れた神様で国運開発・民業指導・海上守護・縁結び安産の神様、更には武徳の祖神として廣く仰がれております。当神社は、永萬元年(1165)の葛西御厨の文書、応永5年(1398)の葛西御厨注文等に鎮守村名が見られ、平安時代の末期、当地開拓のために千葉県香取郡から六軒の人々が移住し、小村井の氏神様として鎮守しました。大正5年頃まで、老樹鬱蒼と繁茂し円形の森林をなし、鳥類はもとより狸の類も巣を作り、隣地には小村井梅園が存して、明治43年頃までは四季の遊びの場所ともなりました。現在の御社殿は、昭和29年の建立で、本殿は流れ造り、拝殿は入母屋流れ造りの総桧造りです。(境内掲示より)

香取神社 「小村井香梅園」 東京都墨田区文花 2-5-8
東武亀戸線小村井駅下車徒歩5分
四季旅遊の館  四季旅遊の館