四季旅遊

身 延 山 久遠寺 桜 め ぐ り
山梨県
JR身延線・身延駅で下車 バス10分

3月27日(土)に静岡にて法事の為に出掛けて前日に身延山の桜情報をインターネットで調べたら、ちょうど満開となっていましたので、絶好のチャンスでしたので、富士駅前のホテルに泊まり 28日(日)富士駅発6時53発の身延線甲府行きの電車に乗って身延駅下車し、すぐにバスに乗り身延山へ8時25分に到着し参道を歩き身延山久遠寺の総門から恐怖の階段「菩提梯」(287段の長い階段で一段40cmほどの高い階段)を登り、すぐに五重塔と久遠寺本堂の脇にある「祖師堂」と「釈迦殿納牌堂」の前に、それぞれ樹齢約400年といわれるしだれ桜があり、 満開の枝垂れ桜が出迎えてくれ、空は曇っていましたが写真撮影を楽しむ事が出来ました。撮影後、ロープウェイで身延山へ曇っていて何も見えませんでした。そして久遠寺の宿坊が集まる身延山西谷の桜を楽しみました。
 






身延山久遠寺
安房国小湊(現・千葉県天津小湊町)で生まれた日蓮大聖人が、鎌倉時代の建長5年(1253年)、安房国清澄で立教開宗したのが日蓮宗の始まりです。その後、日蓮大聖人は、鎌倉幕府からの幾多の弾圧・迫害を経て、文永2年(1274年)、熱心な信者であった甲斐国(かいのくに)波木井郷(はきいごう)の領主、南部六郎実長(さねなが)公に招かれ身延山に入山。以後、9ヶ年にわたり、日蓮宗の礎(いしずえ)を築きました。日蓮大聖人は、弘安5年(1282年)、病気療養の為、常陸国(ひたちのくに 現・茨城県)へ向かう途中、武蔵国(むさしのくに)池上(現・東京池上)に於いて、61歳で亡くなりましたが、その際、「日蓮がいづくにて死に候(そうろう)とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候。未来際(さい)までも心は身延山に住むべく候。」との御遺言により、身延山は日蓮宗の総本山、法華経の根本道場として今日に至っています。身延山久遠寺(くおんじ)は、正式には「身延山妙法華院(みょうほっけいん)久遠寺」と言い、日蓮宗の総本山です。かつて久遠寺は、現在の西谷、御草庵跡の地にありましたが、第11世法主(ほっす)・行学院日朝上人の代、文明7年(1475年)、現在地に移転し、今日に至っている。

三門
門前町のはずれにある大きな門は「三門」と言い、間口23m、奥行き9m、高さ21mの総欅(けやき)造りで、京都の知恩院、南禅寺の門と共に日本三大門に数えられ、門の左右には仁王像が、楼上には16体の羅漢像が祀(まつ)られています。三門は正式には「三解脱(げだつ)門」と言い、空・無相・無願を経て、涅槃(ねはん)の境地に至る仏教の摂理を表している。
菩提梯
三門をくぐった所から始まる急な石段は、佐渡の熱烈な信者、仁蔵(にぞう)の発願(ほつがん)によるもので、「菩提梯(ぼだいてい)」と言い、石段の数は287段、高さは104mあり、三門と久遠寺本堂を結んでいます。菩提梯には、仏教で言う所の「菩提」──悟りに至る梯(きざはし)の意味が込められており、七区画に分けられた石段は、「南無妙法蓮華経」の御題目七文字になぞらえている。
身延山ホームページより