四季旅遊

下町の初夏の風物詩入 谷 朝 顔 ま つ り (朝顔市)
朝顔まつり(朝顔市)は毎年七月六日~八日までの三日間開催されます。入谷の朝顔市は、入谷鬼子母神(真源寺)を中心として、百二十軒の朝顔業者と百軒の露店(縁日)が並び、毎年四十万人の人出で賑わう。今年は小雨の中、見に行きました・・・色とりどりの朝顔がずらりと並び、朝顔姿のハッピにねじり鉢巻き姿の売り子さんの「さあ、見ていってや」など掛け声があちこちから飛び交っていました。朝早くから品定めをする人、見て楽しむ人、写真を撮る人などで賑わっていました。朝顔の種類も多く、入谷の朝顔で一番人気は「団十郎朝顔」江戸時代に二代目市川団十郎が好んだ 半被の茶に近い事から命名された朝顔、色から曜白朝顔、富士の紅、松の風、浜の風、平安の錦、暁の海、暁の紅、暁の雪、暁の錦、南海スカイブルー、咲き方では、ききょう咲・ルコー・琉球・夕顔・昼顔・宿根朝顔・モミジヒルガオ・アメリカチョウセンアサガオ・西洋朝顔など
交通アクセス・ JR鶯谷駅 徒歩10分 東京メトロ日比谷線入谷駅 徒歩2分
      
 








朝顔まつり(朝顔市)沿革
朝顔まつり(朝顔市)は毎年七月の六日から八日までの三日間開催します。この朝顔市と言いますのは、入谷鬼子母神を中心として、言問通りに百二十軒の朝顔業者と百軒の露店(縁日)が並び、毎年四十万人の人出で賑わいます。
 この入谷の朝顔が有名になったのは江戸末期の文化・文政の頃です。最初は御徒町の下級武士、御徒目付の間で盛んに栽培されておりましたものが、御徒町の発展と江戸幕府の崩壊に伴いまして、入谷に居りました十数件の植木屋が造るようになります。そしてその出来栄えが大変素晴らしかったので、明治中期になりますと、往来止めをしたり、木戸銭を取って見せるほど有名になります。なぜ入谷の朝顔がこんなに盛んになったのかと言いますと、入谷田圃の土が朝顔造りに適していたこともありますけれども、当時流行しました朝顔と言いますのは「変わり咲き」です。この「変わり咲き」と言いますのは朝顔の花が、桔梗の花のように咲いたり、牡丹の花のように咲いたり、二重に咲いたりして、花粉の交配によって色々な花を咲かせる事ができたので、最盛期には一千種類もの朝顔があり、変化にとんだ花を咲かせ楽しませてくれてたのであります・・・・

 ところが、このように大変盛んに造られておりました入谷の朝顔も、世情が怪しくなって来ました大正二年意地づくで踏み留まっていた植松(植木屋)の廃業を最後に、とうとう入谷の地から姿を消してしまいます。それに伴い変化朝顔もいつしか人々から忘れられて現在のような円形の朝顔えとその主流は変わって行きます。そしてそれから三十五年立ちました昭和二十三年、戦後のすさんだこの世の中を少しでも明るくしようと言うことで、地元有志の方と下谷観光連盟(昭和25年)の協力を 入谷朝顔市 より

朝顔
ヒルガオ科イポメア属の一年性植物。つる性で、真夏に花を咲かせる。日本で最も発達した園芸植物。花の色は青、紫、赤、ピンク、白などがある。
朝顔の花言葉
愛情、平静、愛情の絆、結束、短い愛、明日もさわやかに、はかない恋
朝顔の薬効
種子は「牽牛子(けんごし) 」と呼ばれる生薬で、下剤や利尿剤としての作用がある。朝顔が日本へ入ってきた起源も、奈良時代末期に遣唐使がその種を薬として持ち帰ったことにある。しかし、市販されている園芸用の種には、消毒液が付いていたり、なんらかの加工がなされていることがあるので、服用は避けた方がよい。